13th Aug, 2013 Posted by 田中浩也


スピーカー1 田中浩也(Hiroya Tanaka) ― イントロダクション

neil-and-I

 

 

私がひとりで第5回ファブラボ会議(インド)に参加したのが2009年。その翌年、日本でもFabLab Japanが立ち上がり、並行して私はボストンにてニール・ガーシェンフェルドの「(ほぼ)なんでもつくる授業」を受講しました。


2010年の第6会世界ファブラボ会議はオランダ(アムステルダム等)での開催でした。FabLabJapanから、私のほかに、巾嶋良幸さんが参加。合計2名となりました(1年で参加者が2倍になっています)。しかしこのとき、まだ日本にファブラボはなく、検討や実験的なプロジェクト、ワークショップが続けられていました。


2011年。日本初のファブラボが、「つくば」と「鎌倉」に同日に「双子」として立ち上がりました。その年の第7回世界ファブラボ会議(ペルー)は、FabLabつくばのマスターのすすたわりさん、そしてFabLabJapan(当時)の川名くん、私と私の学生(当時)の唐木さんの4名で参加しました。



実はその会で、翌年2012年(第8回)の開催地が自薦、他薦で選ばれる機会があり、他薦によって「日本」が候補に選ばれたのでした。5箇所あった国のうちから、予備選抜で2ヶ国が残りました。それが、ニュージーランドと、日本でした。



私は、日本代表として精いっぱいのプレゼンをしました。



そして、負けました。




2012年の第8回世界ファブラボ会議の開催は、ニュージーランドとなったのです。




しかしそこでサプライズが待っていました。



2013年の第9回を日本で開催することも、同時にその場で決まったのでした。





私は、2年という準備期間を受け取ったのでした。




ちょうどそれから与えられた期間が過ぎようとしています。



昨年のニュージーランドの代表者会議に参加した日本人は、ファブラボ鎌倉のマスター渡辺ゆうかさん、先ごろファブラボ関内のマスターになることが正式に決まった門田和雄さん、私、学生(当時)の佐々木くん、博報堂の岩嵜博論さん、早稲田大学大学院生の菊地君はじめ、総勢8人になっていました。

 


数えてみると不思議なことに、


Fab5 (1人)
Fab6(2人)
Fab7(4人)
Fab8(8人)

 


と「倍・倍」になっています。


そして今年はでは16人なのか?いえいえ、そんな人数ではありません。今回のシンポジウム会場は、おそらく1000人弱の皆様の前でプレゼンをさせていただくことになると思っています。



日本開催までの道のりを簡単に振り返り、そして、日本でこの世界会議を開催することにどんな意義があるのか、私のことばでお話が出来たらと思っています。

 

 

当日は、どうかよろしくお願いいたします。




シンポジウムのお申し込みは終了しました